平素から横光克彦さんを陰ひなたなく、お支え戴きまして誠にありがとうございます。心から感謝を申しあげます。
ご承知のとおり、このたび衆議院が大混乱のなか突如として解散となりました。
横光克彦さんは、今から12年前(1993年)、一俳優としてその地位を築いていたにもかかわらず、当時の社会党の強い要請に応えて、私の後継者として、衆議院選出馬を決断してくれました。そして、1か月足らずの超短期決戦にもかかわらず「清烈」の旗のもと多くの有権者の支持を勝ち得まして、見事トップ当選で初陣を飾りました。
以後の横光さんの活躍は、皆さまご案内のとおりでございます。我々の想像を絶する猛勉強と凄まじい行動力、そして誰からも好感を抱かれるその人柄で、政治家としてたちまち頭角を現しました。初心であります「清烈」がゆらぐことなく、立派な政治家に成長いたしました。
これも偏に皆さまのご支援の賜物であり我々の誇りでもあります。また、現在まで4回の選挙の洗礼を受け、二期目からは小選挙区制度という厳しい選挙のもとで、2回勝ち抜きました。
現在、小なりといえども、社民党副党首・国対委員長の重責を担い、党の要として、顔として、一貫して「平和・人権・弱者」のために誠心誠意尽力して参りました。 しかし、横光さんの懸命な活動にもかかわらず、残念ながら社民党の党勢は縮小するばかりであります。前回、11万1,180票という大量得票をしながらも、全国で最終最後に復活当選できたという状況でした。
あれから2年あまり社民党の党勢は、更に縮小の状況にあります。しかも今回の闘いは「自民」か「民主」か、どちらに政権を託すのか日本の針路が問われる重大な闘いになることは火を見るより明らかであります。
そんな闘いの構図のなか、社民党で闘うことに横光さんは不安を感じ始めました。当然のことだと思います。
多くの方々からも、もう社民党では闘えないというご意見をたくさん聞いてきました。
私の自宅に何度となく相談に見え、ひとりで悩み苦しんでいる横光さんの姿を見て、私はあまりにも不憫になり、何度も叱咤激励をいたしました。そして、こう告げたのです。
「横光さん、どんな道からでも良い。国会に戻ること。それだけを考えなさい、皆さん、必ず理解をしてくれますよ」と・・・。
そして、横光さんは決断いたしました。
今日あるのは社民党のお蔭、平和センターのお蔭、このことを誰より知っているのは横光さんご自身であります。その横光さんが、断腸の思いで決断いたしました。
「反自民を掲げ、民主党で闘う」と・・・。
今回の横光さんの行動に対して、いろいろな思いをお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、どうか理解してあげてください。ここは横光さんの思いを斟酌いただき、これまでと変わらぬお力を横光さんにお貸しくださいますよう伏してお願い申しあげます。
横光さんの苦しみ抜いたなかでの決断を思い、共にその苦しみを共有しあって、それを乗り越えて新たな道をともに歩もうではありませんか!
私が思いますことはただひとつ「これだけ、党派を越えて多くの人から愛されている政治家をつぶすようなことがあってはならない」ということであります。
後援会会長として、なんとしても国政の場で活躍出来るよう、横光さんへ決意を促しました。どうか、皆さまの寛大なるご理解を賜りたく心からお願い申しあげます。
横光克彦後援会 会 長 阿部 未喜男